読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

微妙に少数派に属するがユーモアはない

基本一般的ではない方が好みだが個性的まではいかない。私って微妙に面白みに欠けるんだよなあと良く感じます。意見を言うのは好きだが、目立ちたくはないし自己顕示欲が弱い。ほんのちょっぴり変わった人です。

年賀状が一通もこない

20代前半の年賀状事情

 

数年前から、年賀状が1通もきません。

正直悲しい。まあ、私も1通も出していないのですが。

 

もちろん要因は複数で、

・そもそも友達が少ない

・友達と思われてない

・面倒

・住所を交換してない

 

などは当然あると思うのですが(笑)

 

一応反論しておくと、

友達はそこそこいますし、

(*まず、私の友達基準は1対1で会う関係)

狭く深くタイプではあるものの、そんなに人見知りでもないです。

 

個人の事情はひとまず置いておき…

 

今回いいたいことは

「20代前半から年賀状のやりとりが消滅しつつある」の背景2つ。

 

まず1番は、SNSの普及でしょうか。

親密な関係でも、本当に基本LINEとのやりとりしかしませんし、住所、電話番号は知りません。電話はLINE電話で済みますし。

それに加えて、Facebooktwitterなど検索すればいくらでも繋がれる、友達を伝っていけば探せるので

「その気になれば、基本誰とも連絡がつくだろうという安心感」があるような気がします。

 

だから、年賀状で毎年やりとりしなくても、SNSをみれば近況も分かるし、わざわざ手間を取らなくても。ということになるのではと思います。

 

 

2番目といっても、ただの推測で自信はないですが、

お正月のイベント化なのかなと考えました。

日本の文化を忘れたわけではないけれど、クリスマスやハロウィンなどのイベントと同化することによって、別にやらなくても良い、という選択肢が生まれているのではと少し思いました。

特に同世代同士の年賀状は礼儀という面も省かれますし。

 

 

 

 

 

ここからは私の周りの話ですが、

ほとんどがLINEで

あけましておめでとう

です。

親密な関係でも年始挨拶LINEがない場合もありますし、なくてもそれほど気にしないような気がします。

 

過去には年賀状のやりとりがあり、特に親同士が関わっていると必ずありました。

でも、今はこのご時世、一方的に年賀状を送ったらLINEではなく、こちらも年賀状で送り返さなければならないのかと少し迷い、面倒くさがれる傾向にあります。

私は個人的に年賀状が好きで(あとで理由を)積極的に書いていたのですが、高校卒業あたりで相手に面倒くさがれる傾向が強くなり、相手の事を考え、送ることをしなくなりました。

さらにLINEが普及したことで、わざわざ住所を聞くという個人情報を暴く?作業が必要になったため送りにくくなりました。

 

 

私は率直な感想は、寂しいです。

私もかなり面倒くさがりなので、印刷したり、書いたりと手間がかかるのその点は嫌です。

 

個人的には、年賀状がいくつ来たどうこうではなく、単純に、

私を覚えてくれたこと、

なにかしらメッセージを書こうとしてくれたこと

の嬉しさと、

 

その人の年賀状のチョイス、

字の書き方、コメントの選び方、

少しその人の性格をみるようで毎年とても楽しかったです。

ただの「あけましておめでとう。今年もよろしく。」の人でも、字の書き方や性格などで、その時の心情を思い浮かべてしまうのです。

なにも考えず作業的に書いたかな、コメントに迷ってこれにしたかななど、性格と照らし合わせて想像するといった方が合うかもしれません。良し悪しではなく、性格が垣間見えることってなかなかなくて貴重じゃないですか。

 

 

嬉しさに対しては…なんでしょう。自分のために手間をかけてくれた(多少面倒くさがれていても)事実が嬉しかったのかもしれません。

 

 

 

最近効率ばかりが優先されますが、

効率が悪いことで生まれる良さがなくなるのは寂しい…。

 

 

みなさんは今年の年明けどうお過ごしでしたか?