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微妙に少数派に属するがユーモアはない

基本一般的ではない方が好みだが個性的まではいかない。私って微妙に面白みに欠けるんだよなあと良く感じます。意見を言うのは好きだが、目立ちたくはないし自己顕示欲が弱い。ほんのちょっぴり変わった人です。

あえてデータを物にして残す

最近、写真を現像(印刷)してますか?

 

 最近IT技術の進化がすごいおかげで、今まで物としてしか存在できなかったあらゆるものが、物体のないデータとして残す事ができるようになりました。

そして、データとして扱うことのメリットが多く様々な物をデータとしてのみ残すようになりました。

 

 

しかし、私はあえて、物として残すことに意味があると思って、意識してやっている事があります。

 

 

最も代表的な物は「写真」。

区切りのいい年に、3〜4年のスパンで、写真のデータを集めて、ものすごい数から数枚を厳選して小さなアルバムにしています。

それには理由があります。

 

最近はそのデータ保存量の多さと気軽さから、ほとんど現像(印刷)することがなくなりましたよね。

でも、気軽さのあまり、写真を撮り過ぎてさらに保存しているデータの数があまりに多過ぎて、実際には見返す事がないまま忘れ去られてしまうのではないかという不安を感じるのです。

 

もともと、写真を撮る理由が「誰かと共有したい」の他に、「この時の事を忘れたくない・また思い出したい」という事があります。

特に私は後者の思いが強いです。

 

 

膨大なデータの中に埋もれてしまう前に、厳選して、自分が生きている限りは、目に見える・触れる形で残しておきたい、そして、頭では忘れても見る事でその時を思い出して、また嬉しくなりたい。

 

 

 

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少し話が変わりますが、

今私のiPhoneに残っている写真は、人がかなり多いです。

風景も好きですが、どちらかというと、誰と見たか、どんな話をしたかの方が私にとって大事なのかもしれません。

 

私と関係がある(あった)人との写真は、その時の事自体だけでなく、写っている人の性格、当時の他の思い出、自分の感情など、

他にも色々な事を思い出すことができます。

また、その時の風景は似たものを他の人が撮れても、その時の人と私は他の人には撮れません。

 

実は、

私はこのご時世他の人に比べて写真を撮る事がかなり少なく、本音は頭で覚えていたい派ですが、特に辛くなったときなどは今のことで精一杯になって忘れてしまう事があります。

また時間が経つにつれて忘れることは自然なことだと受け入れてからは、本当に忘れたくない事は物にして残そうと決めました。

 

 

 

今までずっと写真のことについて話してきましたが、

他にも、人からもらった手紙や、ある人から何気なくもらったお菓子の箱、思い出深いボール、学生時代、授業中に暇で回したルーズリーフの切れ端に書かれた手紙、小1の時に初めての友達にもらった変なゴムのリング(2人で腕につけて、これで親友だね!といっていた)

人からは、え?っていわれるものも実は残しています。

 

人に固執しているわけではなく、何気ないものでも、その時色々な思いがあって、ものすごく嬉しかったもの・強い思い出に直結するもの・なんとなく好きでいつもみると笑ってしまうものという基準で残しています。

全て他の人に見せる気はなく、自分のためです。ある意味、宝物箱のようなものです。

 

 

気持ち悪いと思われる方もいるでしょう。

 

 

 

私はきっと少し変わり者です。